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都会を少し外れた住宅地の、ある家に
4人の子供をもつ母親がいました。
4人兄弟の長男は、4年生の頃に
野球をはじめます。
しかし、その母親は
野球に関してはド素人
スポーツなんてやったことが無いような、
超がつくほどのスポーツ音痴だったといいます。
長男が野球を始めた頃、その母親は
本当に親として何をすれば良いのか
右も左も分からずに、ただただ苦労したといいます。
「野球をする息子のために何ができるのか」
「何をしてあげれば、
今より良い環境で野球に取り組めるのか」
「試合で活躍できるようになるため、
私にできることは何か」
これを毎週のように考えていたそうです。
そんな中で、次男も小学3年の頃に兄の影響で野球を始めました。
しかし、次男はけして野球は
上手な方だとはいえませんでした。
上手な人を他人事のように
「上手だなぁ」と、
ただ眺めているだけの
向上心もあまり無いような選手でした。
そんな次男でも小学校、中学校は人数が少ないこともあり、
上級生になれば試合に出してもらえるような、比較的ゆるい環境で野球をやっていました。
 

 

 

そして次男が中学2年の頃、2つ下の妹と、5つ下の弟が続いて野球を始めます。
~~~~~~~~~~
長男:高2 (硬式野球部)
次男:中2 (軟式野球部)
長女:小6 (少年野球 A級)
三男:小3 (少年野球 C級)
~~~~~~~~~~
つまり、
このときから、この家族の家庭環境は、4人とも野球をしていたという

野球一家になっていました。

このときの母親への負担はものすごいものでした。
週末は色んな野球チームの仕事で大忙しです。

(休日の洗濯物の数は尋常ではなかったです)
今まで野球を全く知らなかった母親は、たくさん苦労してきました。
そんな中、次男が高校に入り、高校野球人生が始まりました。
高校での環境は、今までとはうって変わり実力主義で下克上の世界でした。
上級生だろうが、試合で結果を残せない人は、まともに練習にも参加させてもらえない、そんな厳しい世界だったのです。
そんな環境で野球をやっていた次男は上級生になって、

ようやくレギュラー争いに参加することができます。
しかし、激しいレギュラー争いの中でやる気だけが空回りし
・チャンスの場面では三振か凡打ばかり

・チームがピンチの大事なとこではエラー
こんなことの繰り返しで、次男は補欠で定着してしまいます。
このとき、レギュラーで定着していたのはひとつ年下の後輩だったのです。
次男にとって、この出来事は本当に屈辱的でした。
それから、次男は知らぬ間に
「僕にはセンスが無いから」

「これが僕の実力なんだ」

「レギュラーなんて無理なのか」

こんな風に思うようになっていました。
野球に関して超ネガティブ思考になってしまっていたのです。
チャンスで打席に立つのが怖くなったり、ボールが飛んでこないように願いながら守備をしたり、野球に行くのが憂鬱になったりもしました。

そんな時、次男を野球人生一番の挫折から救った人がいます。
その人の行動・言動が次男を大きく活躍させたのです。
そのとき次男は、まさかその人が自分を変えてくれるなんて
思ってもいませんでした。
毎試合のようにヒットを打てるようになったし、打席に入るときは自身に満ち溢れていました。
その次男を大きく活躍させてくれるようになった人こそが、
『母親』なのです。
その母親は、4人の野球部を育てていくうちに『親としてできることの大きさ』に気づき、
精神面、体力面、体調面のあらゆる面で息子をサポートし、自分が親としてできることについて悩み、考え、試行錯誤を繰り返していたのです。
その悩みと苦労を十分にしてきたからこそ、「親として、なにができるのか」が明確になったのだそうです。
そこから次男は、調子がうなぎのぼりで良くなっていきます。
試合では自信を持って打席に立つことができるようになりました。
さらに、この頃から試合では12試合連続ヒットを打つことまでできました。
そしてついに3年生の春に、ようやくレギュラーで起用されるようにまでなりました。
次男は本当に喜びました。努力が報われた喜びを全身で感じたのです。
次男の最後の大会では、怪我が重なったこともあり、悔しくも試合にでることはできませんでしたが、

それでももらった背番号は10番。

チームには絶対に必要な存在にまでなっていました。
あのときに母親のサポートがなければ、次男はきっとずっと補欠のままで定着していました。
「野球なんて楽しくないなぁ」と思いながら下級生のレギュラーのために球拾いをするという、屈辱的な日々をずっと過ごしていたことでしょう。
次男は今でも、そんな状況から救ってくれた親に感謝してもしきれない気持ちでいっぱいです。
また、三男も中学の時には、チームでピッチャー・内野手としてレギュラーでチームを引っ張り、最後の大会では準優勝に貢献するくらいの選手になっていました。

この4兄弟(妹)は、今でも

「オカン(母親)のおかげで、野球やってて良かったと思える」

と、話すことがあります。

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どうでしょうか。
僕のブログを読み続けてくれた人の中には気づいた人もいるかもしれませんが
これは、僕の家族の実際の話です。
「次男」というのが、僕です。
そんな僕自信と兄弟の経験から「親の重要性と可能性」に気づいた僕は、

これは多くの親に伝えなければならないと思うようになりました。

そして、この母親が4人の野球部を育ててきた上で得た「親としてやってきたこと」詳しく話してもらい、それを参考にしなら、

今まで以上に

「親のどんな行動が、息子に最も良い影響を与えて
 息子のプレーを良い方向に導くのか」
「どうすれば親の行動で息子が
 グッと変われるようになるのか」
ということについて深く考えるようになりました。

そのとき気づいたのが
『親にしかできないサポート』は

コーチや監督にはできないことなのです。

逆に、親であれば誰でもサポートをしてあげることができます。
誰にでもできることなのにほとんどの人がやっていないのです。
だから、親がどう行動するかで、息子が他の選手より活躍できるかどうかに関わってくるのです。
あなたはまだ、「親の可能性・重要性の大きさ」を十分に理解できていません。
あなたの行動で、息子が驚くべき成長を遂げ、今とは比べ物にならない程の結果を残すことができる
これを実感してもらいたいと思います。

僕はまだ、親ではないので、親の気持ちははっきりとわかりません。

でも、今まで数百人以上の野球少年と関わってきて

息子の立場の本音は、本当によくわかります。

僕自身も野球を10年以上やってきたので、息子の気持ちが痛いほどよくわかります。

あなたが今、何をするべきなのかが息子の目線からはっきりわかるのです。

僕が野球をしていた頃に親に救われたように、


あなたが息子さんを救ってあげてください。
 

 

そして、試合で活躍できる最高の環境を
用意してあげましょう。
息子さんもあなたの支えを必要としています。
あなたが親として最高の環境を用意できる、新プロジェクトの完成をもうしばらくお待ちください。

この「母親とある次男の話」を最後まで読んでいただいて
色々感じたことがあると想います。
では、最後まで読んでいただきありがとうございます。
すたろー